何かの途上であること-神々の山嶺(かみがみのいただき)
ちょっと古い小説で文庫になったのは2000年です。作者は陰陽師シリーズの夢枕 獏氏です。陰陽師シリーズを読んで作者に興味をもったので初版を買って読みました。7年前か...(ちなみに陰陽師はブーム前にすでに読んでました。陰陽道にはそんなに興味は無いが、男同士の友情がうまく書かれてたと思う。まー、それはどうでもいいか...)
先日、部屋の整理をしたら出てきたので、つい読み直したのですが、今読んでも面白い本です。作者も「書き残したことは無い!」と言っているだけのことはあります。
最新刊ではないのでネタバレで書きます。
この小説は羽生丈二という登山家が無謀とも言えるエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂を目指す話です。しかしながら、この小説の主人公は羽生丈二ではなく、山岳カメラマン深町誠の視点で書かれています。登山を題材にした小説で主人公が登頂者ではないのには理由があります。それは、エヴェレスト登頂史の1つのミステリーが関係してます。
歴史上初のエヴェレスト登頂は1953年とされていますが、その約30年前の1924年にイギリス隊のマロリーとアーヴァンが頂上へ向かうのを目撃され、行方不明になっています。そしてエヴェレストの標高は8848mですが、1933年に8570mでアーヴァンのピッケルが発見されています。現在でも遭難したのは登頂後か前かで議論されています。もし登頂後の遭難だとすると初登頂は30年もさかのぼることになるからです。登頂を証明するには二人が所持していたコダック社のカメラを見つけることです。なぜなら登頂に成功していれば写真を撮っているからです。
小説の終わりに記載されてるのですが、マロリーとアーヴァンが頂上を目指す姿を最後に目撃したオデルが1987年に死ぬ一月前のインタビューに次のように答えてます。
「今私が想っているのは、人には誰でも役割があるのだということです。
結局、歴史は、私を証言者として選んだということです。
幸か不幸か、歴史は、私をエヴェレストの登頂者としてではなく、マロリーとアーヴァンの最後の目撃者として選びました。
-略-
よく考えてみれば、あれは、私の姿なのです。そして、あなたのね。
この世に生きる人は、全て、あのふたりの姿をしているのです。
マロリーとアーヴァンは、今も歩き続けているのです。
頂にたどりつこうとして、歩いている。歩き続けている。
そして、いつも、死は、その途上でその人に訪れるのです。
軽々しく、人の人生に価値などつけられるものではありませんが、その人が死んだ時、いったい、何の途上であったのか、たぶんそのことこそが重要なのだと思います。
私にとっても、あなたにとっても。
何かの途上であること----
あの事件が、私に何らかの教訓をもたらしてくれたとすれば、たぶんそれでしょう。」
今にしても良い言葉だと思います。私にとっても、あなたにとってもw
追記ですが、1999年に8160mでマロリーの遺体が発見されニュースになりました。しかしながら、所持品にカメラが無かったので登頂については謎のままです。
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